【囲碁】坂田栄男からみた昭和の各棋士たち(その5) 林海峯、大竹英雄
勝つ―碁と根性 (1965年)という書物がある。昭和のタイトル王・坂田栄男の著書である。その中に、坂田からみた各棋士の印象が書かれているので、数回にわたって紹介しようと思う。
【注意】この本の発行年は「1965年(昭和40年)7月1日」(脱稿は同年5月と思われる)である。つまり、坂田が名人本因坊であった頃の、彼が絶頂だった頃の本である。そのことを念頭においたうえで読む必要があると思う。
今回は、林海峯、大竹英雄についての坂田の感想を紹介する。2人とも昭和2けた生まれ、坂田や藤沢の後の世代として囲碁界を担っていくと期待されている人物である。
【林海峯】(執筆当時七段)
若いのに似合わず、人間がしっかりしている。いまは登り坂だし、碁も視野が広く、大局観が確かで、柔らか味はあり、この若さ(昭和17年中国浙江省生まれ)にしては大したものだ。もちろん将来大物の太鼓判を押しても間違いがない。やがては天下を争う棋士だと思う。
精神面でも神経質なところがなく、おおらかで大陸的な、中国人のいい面を存分に性格として備えている。
【大竹英雄】(執筆当時六段)
林海峯君と同い年で、次の世代を背負うような男だが、鋭い碁ではあっても、まだ力碁の域を脱せず、碁の全体の感じがどうも固い。だから、黒を持つと強いが、白を持つと弱いところがある。これは柔軟性に欠けることだから、もう少し幅が出てくるといいと思う。精神面ではいまのところは林君に一歩劣っているように見えるが、技術的な優劣はどっちともいえないぐらいだから、この二人はどうしても宿命のライバルには違いない。
この二人を比べてみると、どっちも特色があるが、なにか林君の方が一歩出ているような感じだ。しかし芸というものは、追いついたり抜かれたりするもので、まだ先が長いのだから心配することはない。最近、林君は名人戦で活躍しているのに大竹君は惜しいところで落ちたけれども、こうした試練に堪えてこそ、泣きが入るわけであって、それでさらに飛躍するものだ。若いうちに腐ってしまって、ダメになるのが一番恐しいのである。
林君だって、これからさきも順調に走り続けられるかというと、そうは考えられないし、大竹君だって大きなタイトル戦へ出てきて、立場が逆転するかもわからない。とにかくこの竹林の二人は、そういう意味ではいい時代に生まれ合せたものだと思う。
この本が出版されてから数か月後に、坂田は林海峯と名人位を争って敗れた(坂田2-4林)。上記文章の中で坂田は「やがては天下を争う棋士だと思う」と述べているが、こんなに早く争うことになろうとは、坂田も思っていなかっただろう。
昭和40年第4期名人戦で林が坂田を破って名人になったことはその当時の話題にもなり、「番狂わせ」とも言われたらしい。
しかし、今となってみれば、20代前半の林が40代半ばの坂田(坂田は大正9年生まれ)に勝ったのは、特に番狂わせとも感じられない。
むしろ私としては、昭和二けた世代の台頭に壁となって立ちはだかり死闘を繰り広げた坂田の健闘を称えたい。
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